【主任】あっ! 揺れてませんか?
【課長】…ん?…揺れてないと思うよ。主任さんの気のせいじゃない。
そうか、気のせいか…
…
あっ…揺れてるんじゃないですか?
だから、気のせいだって。
そうかな〜。
…
あっ…
主任さん、さっきから頭がフラフラ揺れてるよ。
私自身が揺れていたのですか…あの大震災以来ずっと揺れ続けているような気がします。
関西にいてそんな大袈裟なこと言ってると、東北や関東の人に怒られると思うよ。
あの日、私は東京にいたのです。
ほう、それは災難だったね。
今進めているプロジェクトの関係で、その後一週間程度東京に滞在してました。その間にも余震がずっと続いて、地震過敏症になってしまいました。
早く治るといいねぇ。
あの地震のせいで物の考え方が変わりました。
どんな風に変わったの?
リスクに対する考え方が変わりましたよ。今までは殆ど起こり得ないような低確率の事象については切り捨てていたんですが、簡単に検討の枠組みから外せなくなりました。これを私はブラックスワン症候群と名付けました…と言うことで、先週課長から頼まれたTF事業のバリュエーションは終わっておりません…キリッ!
声にだして『キリッ!』って言う人始めてだよ…まぁ急いでないからリハビリがてらゆっくりやってくれていいよ。
でも、なるべく早く仕上げたほうがいいですよねぇ…?
大丈夫だよ。確率は低いかもしれないけど、主任さんが間に合わないケースを想定して、隣のチームの新入社員の山田君にもお願いしてあるから…キリッ!
新入社員風情にできる仕事じゃありませんよ…キリッ!
じゃあ早くやれよ。
私と山田君を競わせるつもりですねっ! まさしくブラックスワン症候群! ナタリ〜ッ!
地震とは関係なく主任さんは壊れてると思うよ。
まぁそれはそれとして、現場のサプライチェーンは修復されたんですかね?
部品一つが手に入らなくて、欠品してる商品がいくつかあるみたいだけどね…
社内のガイドライン的には複数社購買にするんじゃなかったんでしたっけ?
一応そうはなっているけど、いろんな事情でそうはなってないよ。
どんな事情ですか?
そんなにボリュームがでない品番の場合、2社で分けたりしたらサプライヤーから相手にされないよ。それに古い品番の部品なんかはサプライヤーがやめたいのを無理を言って出してもらったりしてるのもあるしね。
でも、一応リスクを考慮してサプライチェーンは設計されてるんですよねぇ?
最初に設計される時には、いろんなリスクを想定して作り込んでいくんだけどねぇ…
どうして仕組みが変わっていってしまうんですか?
結局、リスクに備えるって言うのはコストが掛るからから、収益性が厳しくなってくると、事業の責任者や担当者が少しづつリスクヘッジの仕組みをなくしちゃうんだよね。
事業を辞めなきゃいけないかもしれない状況で、リスクヘッジの意味なんかないだろうってのはわからなくはないですねぇ。
でも、たちが悪いのもいてね、リスクヘッジにかけているコストを合理化して成果を上げて、事業をリスクに晒して、自分は偉くなっちゃうのもいるんだよ。
それは酷いですねぇ〜 っていいながら3人ぐらいの人の顔が頭に浮かんでいます。…でも、今回の震災みたいな1000年に一度のリスクにも耐えられないといけないんですかね?
社会インフラと企業のビジネスシステムは考え方が違うんだろうけど、1000年に一度のリスクに耐えられるような仕組を構築したらコスト高で企業として生き残れないと思よ。結局、何か起きたときには適切なマネージメントで被害や損害が小さくなるようにコントロールして、乗り切るしかないんだろうね。
難しいもんですねぇ。
あっ!山田君が書類の束持ってこっちに来るみたいだよ。リスクが見えてないと仕事が早いねぇ。
だ、大丈夫ですよ…新入社員風情にできる仕事じゃありませんから…